大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(行)70号 判決 1960年3月10日

原告 小松チヨ

被告 東京法務局長

訴訟代理人 家弓吉已 外一名

主文

原告の請求は棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和三十四年三月二〇日にした原告の異議申立を棄却する旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、別紙目録記載の家屋(以下旧家屋という)は訴外山口輝の所有であり、同人は原告のため昭和二十九年二月債権額十万円の抵当権を設定し、その旨の設定登記をしたが、

右建物については、昭和二八年六月区劃整理事業により、同一地番内の約五間東南にあたる地点に換地が指定され、同年八月曳行移転による移転命令がなされ、これに基き右訴外人は、昭和二九年八月旧家屋を取壊し、この材料に新規の材料を加えて、換地上に別紙第二目録記載の家屋(以下新家屋という)を建て、移転を了えた。

二、新家屋は、旧家屋に新たな材料を加えて建増したものにすぎず、また、旧家屋は現実にはいつたん取壊されたというものの、あくまで前記曳行移転命令による移転であるから、新旧両家屋の間には同一性があるというべきである。しかるに訴外人は、新家屋について、昭和二九年九月二七日東京法務局板橋出張所受付第二五五九〇号により新たな所有権保存登記をしたので、同一家屋につき二重の保存登記が存することとなつた。しかし、同一性ある家屋については、旧家屋登記の変更登記を求めるべき筋合であつて、後日なされた保存登記は無効である。

三、よつて、原告は、前記抵当権を保存するため、昭和三一年九月一二日東京法務局板橋出張所に対し、旧家屋について増築による表示変更の代位申告及び建物の表示変更代位登記申請(いわゆる併用申告)をしたところ、登記官吏は、同年一一月二八日、右申告については増築によるものと認定しがたいので受理できないとし、右申請については家屋台帳の記載に符合しないとの理由でこれを却下したので、さらに昭和三三年六月五日被告に対し異議申立をしたところ、被告は昭和三四年三月二〇日、家屋台帳の登録事務は登記所が職権でなすべきであり、現地調査によれば、両家屋の間には同一性が認められないとの理由で異議申立を棄却した。

四、しかし、被告のした右決定は、登記官吏の権限の範囲を誤解したものであつて、違法であるから取消を求める

と述べた。(立証省異)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁及び主張として、

一、請求原因第一項、第三項の事実は認める。同第二項は、訴外人が換地上の家屋について原告主張の日に所有権保存登記をしたことは認めるが、旧家屋と新家屋とが同一性があるとの主張は争う。

二、家屋台帳法による家屋台帳は、家屋に関する客観的状況を明確に把握する目的を有するものであつて、権利関係の公示を目的とする登記簿とは、その目的性格を異にする。そして同法は、家屋の移動があつた場合その所有者に申告義務を課しているが、それは登記官吏に対する資料提供の意義を有するに止まり、登記官吏は職権により家屋の異動の事実につき調査し、登録をなすべきか否かを決するのであつて、なんら申告に拘束されない(同法第六条)。しかして、本件併用申告に基き登記官吏が実地調査したところによると、本件家屋は、現実には、換地上に曳行移転されたものでなく、移転前に完全に取壊され、しかる後その材料に新規の材料を用いて換地上に全く新たな家屋を建築したものである(取こわし移転)ことが判明した。家屋台帳法第一四条にいう、家屋の異動の一である「建築」は、新築の外改築、再築及び移築を含むものと解すべきであるが、この「建築」の申告手続は、事実状態が発生した都度申告書に敷地所有者又はその管理人等の連署又は承諾書を添してなすことから考えても、その判断の基準は、物理的標準によつてなさるべきものである。

したがつて、取壊、滅失後その材料の一部を換地上の家屋に使用したにすぎない本件にあつては、物理的標準からみて新旧両家屋は全く別個のもので、同一性を欠くものというべきであるから、台帳上の取扱も、滅失家屋に対する増築手続によるべきでなく、したがつて、原告の増築申告を不登録処分に付した登記官吏の処分は正当であり、被告のなした本件決定も違法ではない、

と述べた。(立証省略)

理由

一、請求原因第一項及び第三項の事実については当事者間に争いがない。

二、原告は旧家屋と新家屋とは同一性を有すると主張するのでまずこの点について考えてみる。

家屋のある土地が区劃整理事業により換地処分をうけた場合には、指定された換地は旧土地と同一性を有するとみなされ、旧土地と同一の権利の目的となるものであり、

旧土地上にある家屋を換地上に移転するために一旦取壊し、換地上に従前の材料を用いて家屋を建築しても旧土地上の家屋と同一の種類、構造を有するが、或は新たな材料を加えて多少、構造の異る家屋を建築しても、旧家屋の従前の外観を有するときは、旧家屋と新家屋とは社会通念上、同一性を有するものと解するのが相当であるけれども、当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証及び同第三号証によれば旧家屋は建坪十六坪二合九勺(但実測坪数は二十七坪九合七勺)の家屋であり、訴外山口が換地上に建築した新家屋は建坪二十二坪六合四勺のほか、二階十九坪二合二勺の家屋であることが認められるからたとえ曳行移転による移転命令をうけたものであり、旧家屋を取毀した材料を新家屋の一部に利用したとしても、旧家屋新家屋とはその外観及び構造を異にし社会通念上別個のものであり、同一性を有しないものと解するのが相当であるる。

三、原告は登記官吏は本件併用申告につき実質的審査権を有しないと主張するが、家屋台帳法による家屋台帳は家屋の物体的状態を客観的に表示する制度目的を有し、そこには職権主義が支配し、家屋の登録事項について変更のあつた場合には、登記官吏は原則として申告の有無にかかわらず、自からも実質的審査をなした上で登録すべきものであり、家屋所有者等の申告があつても登記官吏の職権の発動を促し資料提供の意義を有するにすぎないものと解すべきで登記官吏は申告に拘束されることなく家屋の実情については申告の形式的審査のみにとどまらず、実地調査し登録をなすべきか否かを決定する権限を有するものと解する(家屋台帳法第六条、第二十一条)から原告の右主張は採用することができない。

四、そうすると原告の併用申告を却下した登記官吏の処分は正当であり、右却下処分に対する原告の異議申立を棄却した被告の決定は違法でないといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例